Kanbara の紹介

心療内科医,医学博士/ 関西医科大学 講師 心療内科学講座 研究室長/ 京都ノートルダム女子大学大学院 客員准教授 MD, PhD Psychosomatic Medicine/ Assistant Professor, Kansai Medical University http://body-thinking.com/frg/author/

体調はいかが?

体調がいいいとか悪いとか、緊張している・リラックスしている、お腹が空いている・満腹だ、などといった、からだの生理的な状態を捉えるシステムを「内受容感覚」といいます。

この内受容感覚について、以前はあまりよくわかっていなかったのですが、脳科学(ニューロサイエンス)の発展に伴って、その機序が少しずつ解明されつつあります。「大脳辺縁系」という自律神経などの生理的な調整機能を担う脳の周辺領域に、そのセンターがあるようです。内受容感覚

これが適切でないと、疲れているのにやりすぎて倒れてしまったり、満腹なのに食べ過ぎてしまったりして、心身の健康を壊してしまうことがあります。ダイエットにも関係してきます。

「からだの声をきく」ことは心身の健康への第一歩。
心身医学との関わりでは、自身の感情やからだへの「気づき」の基盤として、この内受容感覚が関わっているようです。

内受容感覚がよいと心身への気づきもよく、自律神経などのからだの働きもよくなるとか。このあたりのメカニズムがさらに解明されると、自分の心やからだと上手に向き合って、健康を高める方法が見えてくるのではと期待されます。

さらに詳しく専門的にお知りになりたい方は、こちら↓を参照ください。
http://ratik.org/wp-content/uploads/kanbara2015.pdf


明在と暗在の心身プロセス

WinterMcGill_201402感情や気分が身体にどのように影響するか、これは心身医学の「心から身」の問題として重要です(もちろんその逆「身→心」も重要です)。

こころとからだは切り離せない表裏一体の関係なので、影響するのは当然ですが、その影響の仕方に、①明在的なプロセスと、②暗在的なプロセスとがあります(Lane 2008, Psychosomatic Medicine など)。

①明在的なプロセス(Explicit Emotional Process)は、どちらかというと意識上のもので、抑うつ、不安などのネガティブな気分が、身体によくない影響を及ぼす、というものです。比較的わかりやすく、いろいろな研究によるエビデンスがあります。

その一方で、
②暗在的なプロセス(Implicit Emotional Process)は、どちらかというと意識下のもので、ネガティブな気分に気づいたり表現したりすることが妨げられたとき、身体によくない影響を及ぼす、というものです。 こちらは表面からはわかりにくいため、なかなか証明が難しい面もありますが、心身医学ではこちらが重要です。

この2つは一見矛盾しているようにもみえます。ネガティブな感情は抑えるべきなのか、表現すべきなのか。普通の社会生活を送っていると、迷うことも多いのではないでしょうか。

Fennel_201402‘Fennel’ の上の部分は、いい香りがしてハーブとして使われますが、下の部分は独特のおいしさがあり、野菜としてシチューなどに使われます。

ちょうど上の部分は①のプロセス、下の部分は②のプロセスに譬えられるのではないでしょうか。確かにハーブとしてのFennel もいいのですが、野菜としてのFennel もなかなかに味わい深いです。

Fennnel の下の部分がなければ、上のハーブの部分は絶対に出てきません。暗在的なプロセスは心の構造の根っこにあたる根源的なもので、からだとも関係が深く、とても重要です。

心身の健康を保つ上で鍵になる、この部分をみながらアプローチするのが心療内科の特徴の一つと考えています。


Rita Charon とナラティブメディスン

narrative-medicine-charon-rita

Whole Person Care 国際学会では、何人かの著名なspeaker の講演もありました。
その中で特に印象に残ったのが、Narrative medicineの草分け、Rita Charon の「語り」でした。

Rita Charon
http://en.wikipedia.org/wiki/Rita_Charon

‘Narrative Medicine’について
http://en.wikipedia.org/wiki/Narrative_medicine

JAMAの論文
http://jama.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=194300

その内容が素晴らしかったというよりも(それもよかったのですが)、その語り方、雰囲気、ボディランゲージなど、いわゆる「非言語的なところ」に感銘したのです。

メラビアン(A.Mehrabian)によると、言語がメッセージに占める割合はわずか7%、トーンやボディランゲージなど非言語的な要素が93%にもなる、という研究がありますが、納得しました。

一般に、欧米の人達の話し方はどちらかといと早口で、ボディランゲージもかなり使いますが、それをかき消すかの如く、まくしたてるような話し方をする人もあります。
実際、他のspeakerの講演はどちらかというとそれに近く、知識を刺激されて勉強になったり、感銘したりもするのですが、なぜか後になって印象に残ったのは圧倒的にRita Charon の話(語り)でした。

静かに、ゆっくりと、心に染み入るような、魂に語りかけるような話し方、といってもそれこそ言葉で伝えるのはむつかしいですが。彼女は普段から患者さんと話すときも、そういう聞き方や話し方をしているからこそ、人を動かすこともできるのでしょう。

とはいえどんなことを話していたのか。Narrative Medicine には3つの重要な要素があると…。

attension 記録や動きを止めて、ただ話に注意を向けること。
representation それを「描写」すること(記録やコピーではない)。
affiliation 結びつくこと?これは最終ゴールで簡単ではない。

こういう話し方や聞き方は、何も特別なことではありませんが、それでも一朝一夕にできるものではないでしょう。
それはその人の生き方そのものが反映されるから。
それでも、人の話を聞いたり、話したりするときに、心がけようと思いました。

1st Congress on Whole Person Care (WPC国際学会)

 


Whole Person Care 国際学会

2013CongressWPCFirst International Congress on Whole Person Care
http://www.wpc2013.ca/
が “McGill Programs in Whole Person Care” の主催で、McGill 大学 で行われたので、参加してみました。

Whole Person Care はどんなものか…。
[以下私の経験や知識に基づく捉え方なので、万が一間違っている場合はご容赦ください。正確に詳しく知りたい方は上記または、http://www.mcgill.ca/wholepersoncare/ を参照ください。]

“Whole Person Care (以下WPC)” とは、日本では「全人的医療」に近いものです。
医療(病気)には、人の身体の部分を分割して取り扱う、どちらかちうと医学的・生物学的側面と、心理・社会面なども含めて「人」として全人的に取り扱う、生物医学を超えた側面とがありますね。

WPCでは”fixing part” & “healing part” of medicine
つまり、「治療」的な側面(治す)と「癒し」としての側面 があるとして、その両者はかなり異なるが、互いに関係し合っていてどちらも重要だと考え、その立場からの医療を目指すものです。

北米の緩和ケアの父と言われるDr. Balfour Mount と McGill University で Programs in Whole Person Care を築いた Dr. Abraham Fuks によって1999年に提起され、現在もMcGill の医学プログラムとして発展しています。

このような流れはほぼ全世界的にいくつかあります。
WPCのもとになった緩和ケアはいうまでもありませんが、心身医学はその中の特に心身相関に重点をおいた医学であり、総合診療科は臓器別医療の垣根を越えて全人的医療を目指す診療科、統合医療はアプローチの面で、補完代替療法を含めて統合的に治療しようとする医療、ストーリー性に重点をおいたナラティブベイストメディシンなどです。 どれもそれぞれに考え方があり、同じではありませんが、共通するのは全人的な捉え方です。

その中でこのWPCの特徴は、治療者自身のケア(セルフケア)も重視し、それとAltruism (利他主義)的側面との兼ね合いを考えること、「マインドフルネス」を、単に治療手段としてのみならず、治療スタンスや治療者・患者関係などにも積極的に応用していること、などが挙げられるようです。

個人的には、治療者の”Self” や “Identity” について考えようとしているところが興味深いと感じました。従来の「臓器別にとらえて」、「修理のように治す」ことのみに着目した医療では限界があり、人間の「病い」に相対するには不十分。こういう意識に基づく取組みは全世界どこでもあるのだと改めて知らされます。

 

 


民族の性格を知る

McGillPeople_201309北米人と日本人の心理的性格を比べたとき、どちらかというと
「積極的・攻撃的・ストレート(裏表が少ない)・コミュニケーション上手・パワフル」
といった特徴に対して、どちらかというと、
「受動的・思慮深い・やや複雑(裏表がある)・コミュニケーション不得手・調和的」
といった印象を持つ方は多いでしょう。もちろん、民族の性格をひとくくりにするのはかなり無理があることは承知の上です。

世界のどこかで問題が生じたとき、積極的に介入して何とかしようとするのは北米の人達であり、憲法の縛りがあるといえ日本人は積極的にはしません。もっと身近なことで言うと、例えば公園などで一人でぼーっとしていて、日本で誰かに声をかけられたり介入されることはあっても少ないですが、北米ではかなりの確率で、良し悪しはともかく、何らかのアプローチが来ます(道を聞かれる、ただ話しかけられる、すぐ隣に来て騒ぎ出す?、など)。

北米人といっても、原住民ではなくヨーロッパからの移民の子孫のことなので、ヨーロッパ人の性格を引き継ぎながら発展した性格と言っていいでしょう。そもそも新天地を求めて移動することから始まった狩猟民族と、四方を海に囲まれてひたすら文化を守ってきた農耕民族の違いが根底にあることは言うまでもありません。

北米人の性格が良い方にでると、交渉上手、効率よいシステムづくり、他をリードして成果を形にする、などにつながります。日本人の性格が良い方にでると、上質かつ緻密な物づくり(電化製品、車、アニメなど)、相手の立場に立ったサービス、一致団結した共同作業、などにつながります。

StreetLive_201309病気による死因でいうと、悪性新生物(ガン)と循環器系疾患の割合が多いのは同じですが、日本は悪性新生物の方が多いのに対して、米国では循環器系疾患の方が多く、カナダはその中間または日本にやや近いようです(統計局HP「世界の統計2013」による)。

これを生理的な観点でみると、ざっくりいうなら、自律神経系の中の交感神経に関係するものと、副交感神経に関係するもの、とみることもできます。循環器系の障害は、交感神経優位やその機能障害が関係しやすく、対して、消化器系の疾患や悪性腫瘍は、副交感神経優位やその機能障害が関係しやすい、と考えられます(ここは私見ですが)。

このような違いがあるので、その治療的アプローチも同じではありません。
体格の違いから薬の量などが違うのもそうですが、薬による治療以外でも、北米でされているアプローチをそのまま日本に持ち込んでもうまくいきません。心身医学関連では特に、心理的性格や生理的な違いがかかわってきます。

北米では「認知行動療法」や「マインドフルネス」などが割合広まっていますが、そのやり方をそのまま日本でやってもうまくいかないことがあります。例えば、認知行動療法で「カラム法」というのがあり、「出来事」とそのときに生じた「思考」「行動」などを各カラムに記述し、別の思考や行動に変えていこうというもので米国人には合っています。でも日本でこれをその通りやろうとしても、思考を言語化する習慣が少ない、どうにも面倒(合わない)、などの理由で、しっくりこないと感じたことがありました。

「受け身」だからか、日本人は自分達のやり方を他に広めるよりも、北米・欧米のやり方を取り入れることが多く、それはとてもいいことですが、「そのまま真似る」ではむつかしいのではないでしょうか。そもそも「西洋医学」をそのまま鵜呑みにすること自体誤りかもしれないですね。西洋医学はあくまで「西洋」の医学ですから。

Yufuin_201307今トレンドのマインドフルネスも、仏教や禅の概念を「西洋流」にアレンジしてできたものですから、日本流の再アレンジが必要、というか、もともと東洋のものならアレンジする必要がない??ということになります。少なくとも西洋流のアレンジでは合わないでしょう。もちろん素晴らしいところが沢山あり、ダメだと言っているのではありません…念のため。

取り入れるべきものは積極的に取り入れながらも、鵜呑みにはせず、日本人の性格、生理的傾向、文化や環境などにあったモデファイや、日本固有のやり方との融合がとても重要だと思います。
「彼を知り己を知れば 百戦殆からず」(孫子)

 


フランス文化とモントリオール: 時間と空間の狭間

モントリオールを含むケベック州の最大の特徴、それはフランス文化の地であるということ。
ケベック以外のカナダでは英語が中心なのに対し、モントリオールではフランス語が公用語であり、街の標識や看板も全てフランス語です。しかしながら英語も通じ、たいていの人は両方話せます。街並みもフランス、パリを思わせるところと、イギリス、米国風のところがあります。

この2大文化がここまで入り混じっているのは、世界広しといえどもケベック州以外にはあまりないのではと思います。ではその2大文化の違いは何か。Parc

米国とヨーロッパの違いについては…
「アメリカにはたんに空間があるだけだ。ヨーロッパ諸国は時間のうえに築かれている。」 
 (ベルナール・ファイ 「アメリカ文明論」)

「アメリカには空間があるけど時間がない。ヨーロッパには時間があるけど空間がない」
ともいわれるように、「空間」と「時間」がその鍵を握っているようです。

ヨーロッパとアメリカでは、「一昔」などと言った場合の時間のスケールが違うとも言われます。その他、具体的な文化や習慣の違いについてはこちら(英語)

さて、個々のいろんな違いはともかく、実際の印象として、空間はすなわち力・パワーとして、時間はすなわち深みや味わい深さとして肌で感じることができます。街などの雰囲気が、米国はパワフルなのに対して、ヨーロッパは深みや味わい深さを感じさせることが多くないでしょうか。

米国とその元の英国とはまた違うし、フランスと英国以外のヨーロッパともまた違う。
そもそも文化というのは複雑に入り混じっているので、明確に対比できるものでもないでしょう。しかし、そのルーツをたどって要素をみていくと、「時間」と「空間」にたどりつくのは興味深いです。

CityHall医学でも、特に近年は「機能性疾患群」といわれる、従来の検査ではとらえきれない、ストレスなども絡みやすい疾患が増えていて、それらをどのように捉えるかは議論が分かれています。その中で、それらを統合的にとらえて共通性を見出そうとする人(‘lumpers’)と、疾患を分類して個別性を重視する人(‘splitters’)があるという誌上議論がありました(Wessely S & White P, British Journalof Psychiatry, 2004)。

日本やドイツの心身医学は、西洋医学を否定せず積極的に取り入れながらも、心身の統合的見方がベースにあります。分割と統合をバランスよく取り入れてきたともいえます。

空間に重きをおけば分割する見方になり、時間に重きをおけば統合する見方になる。このどちらの見方も重要です。分割することで科学が発展してきたのも事実だし、何でも分割すればわかるというものでなく、統合的にとらえて始めて理解できるのも事実です。

幸い(?)、相対性理論では時間と空間は等価であり、もともと相容れないものではないとされます。英仏文化がほどよく混じりあう(対立する?)、モントリオールの街並みを眺めながら、そんなことを考えたのでした。


McGill大学の新学期

DSC_15904ケ月の長~い夏休みも終わり、9月の新学期。 バケーションの雰囲気から、一気に学内が活気にあふれ、騒然とし始めます。新入学生は世界各国から受験を勝ち抜いて選ばれた人たち。特に医学部はなおさらです。

「マギル大学の学部生は約24,000人、大学院生は約7,600人余りである。カナダ人入学者の高校での成績平均はカナダの大学中第1位であり、毎年世界160ヶ国以上から成績優秀者達が入学し、180ヶ国以上にマギル大学の卒業生がいる。」(Wikipedia 2013より)

そんな中、こちらでのボスであるProfessor Leon Glass の講義「生物学における数理モデル」も開講し、私も(優秀な?)学生に混じって聴講!日本の医学部や心理学科などで講義した経験と比べるると、(知ってはいたものの)あまりに雰囲気が違うのに驚いた。おしゃべりがないのは当たり前、「質問は?」と聞かれると必ず数人の学生が熱心に質問し、その内容も高度なのです。

日本だと、大学院はともかく、学部の場合はまず私語をやめさせ、注意をひきつけるのにエネルギーをとられます。もちろん講師の格?や話のうまさなどによって変わってきますが、それだけではありません。

つまり「日本の大学(生)はだめだ、米加の大学(生)はよい」といいたいのではありません。いろいろあるでしょうが、一つにはこちらの競争の激しさと、日本のとても厳重に護られた「よすぎる環境」もあるのでは。日本では日本語しか通用しない(のである意味護られている)というのもありましょう。一方カナダや米国では、入るときの競争もさることながら、入ってから数々の関門をパスして卒業するのは大変です。もともの素質が、いやでも入ってからさらにさらに磨かれるのです。

一概にどっちがいいとはいえません。ただ、国際競争力で日本の大学の地位が低くなっているのは事実。日本には、震災のときに見せた助け合いの精神や復興力(忍耐力)、世界でも一目おかれる和の文化、最近は陰りもあるものの高い技術力、クオリティの高いサービス力など、多くの誇れるものがあります。

東京オリンピックが決まり、国際社会での日本のあり方が模索される中、その素晴らしい魅力に磨きをかけたいところ。偉そうなことは言えませんが、そのためにも大学教育やアカデミアの面で、よりよいあり方が実現できればと思う次第です。

 


McGill University

IMAG0953カナダ、モントリオールのマギル大学
 http://ja.wikipedia.org/wiki/マギル大学
McGill University, Montreal, Canada
 http://www.mcgill.ca/

これから約1年間、ここで Visiting Professor としてStudy (在外研究)を行うことになりました。

モントリオール…オリンピックでの記憶くらいしかない方もあるかもしれません。北米のパリといわれる、フランス文化の強いところで、街はフランス語が中心です。マギル大学は英語圏の大学です。英・仏両方の文化が入り混じった味わい深いところ。

古くから医学や生理学の研究で知られていて、医学教育の草分けウイリアム・オスラー、ストレス学説のハンス・セリエ、脳神経外科医のワイルダーペンフィールドなどとゆかりの深い大学です。

建物はどれも古く重厚で、歴史を感じさせるものばかり。モントリオールの芸術文化と、アカデミックな要素が見事にマッチして、世界的な総合大学でありながら、街のダウンタウンの真ん中から北のモントロイヤル公園に位置する便利なところにあります。

これから、心身医学の視点からみた(そうでなくても)、マギル大学やモントリオールのことを、少しずつアップしていきたいと思います。


東西いのちの文化フォーラム「バイオフィードバック:こころとからだの対話」

IMAG0518関西大学(人間健康学部)と堺市のコラボ講座、
「東西いのちの文化フォーラム」
のご案内です。

平成25年4月27日(土)
14:00~16:00 (13:30受付開始)

■講座2「バイオフィードバック:こころとからだの対話」
定員:30名

■参加費 無料
■場所  関西大学堺キャンパス 多目的室A
(南海高野線「浅香山」駅 徒歩1分)

申込み等詳細はこちらへ
http://www.kansai-u.ac.jp/Fc_hw/2013/04/4-2.html

http://www.kansai-u.ac.jp/Fc_hw/%E6%9D%B1%E8%A5%BF%E3%81%84%E3%81%AE%E3%81%A12013%E4%B8%80%E8%88%AC4%E6%9C%88.pdf

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言葉にすること

Park先日、ある患者さんが「もうすっかりよくなりました」と笑顔で語られました。いろいろなストレスがたまたま一度に重なったのをきっかけに、頭痛などの症状がでてきた方でした。

大学病院の心療内科では、心身症の患者さんがすっきりとよくなることはそう多くないのですが、中にはこういうケースもあります。

では、どうやってよくなるのか。
いろいろなケースがあり、きっかけもさまざまですが、その中の一つに、つらい状況を「十分に言葉にして語る」ということがあります。ただ、つらい状況を言葉にするのはそう簡単なことではありません。

話せる環境、そもそも言葉にする力、聞いてもらえる相手、など、いろいろな条件がそろわないとできません。もう一つ大事なことは、その言葉を「そのままに受け止めてもらう」ことです。「そのままに」というのがミソです。

それができた場合、ストレスに感じる状況が変わってなくてもよくなることがあります。言葉にすることは、単純にみえて意外に大きな効果があるのです。言葉にすることで、自分の内にだけあったものを、誰かと共有することができ、自分でも客観的にみることができます。

少し難しくいうと、主観の客観化のプロセスを経る、ともいえるでしょう。
言葉とはそういう意味でも、素晴らしいもの。
言葉にならない感覚と、あえて言葉にすることと、両方とも大切なのですね。

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アレキシサイミアの記事
アレキシサイミア(失感情症)
アレキシソミア(失体感症)
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